昭和期のトマト大規模施設園芸経営

平成期の大規模施設園芸

施設園芸の歴史で大規模施設園芸と呼ばれるヘクタール単位での経営は近年増加しています。平成中期が大規模化の黎明期と言われ、カゴメの支援で平成11年に茨城県で創業した(有)美野里菜園が1.3haの規模です。また。また横浜市から移住したトマト生産者の飯田智司さんが平成14年に栃木県で創業した(有)グリーンステージ大平が約1haの規模です。いずれも高軒高ハウス、高所作業車によるハイワイヤー栽培、LPガス暖房とCO2施用、環境制御システムなどによるオランダ型の施設園芸を導入したものです。それらは当時の日本のトマト施設栽培からは規模も収量も技術レベルも大きく異なるものであったと思います。カゴメはその後も提携先を含め大規模施設を全国に広め、また飯田さんのような個人の生産者が規模拡大により経営拡大を図るケースも多くみられます。さらに新規の企業参入も含めて全国には太陽光型植物工場と呼ばれる大規模施設が164箇所あるという報告があります。ここに至るまで約20年が経過しましたが、あまり知られていない昭和期の大規模施設園芸経営について、文献から紹介をいたします。

熊本県八代市のトマト・ガラス室抑制栽培(1.35ha)の事例

農業経営研究者の永江弘康先生(1936~2001)による「野菜農業の近代化-野菜園芸経営技術論‐」が平成5年に発行されています。永江先生は熊本県八代市の生まれで、千葉県農業試験場農業経営研究室で施設園芸や畑作における野菜経営の研究をされ、特に故郷の八代市や千葉県内の施設園芸経営のフィールドワークを数多くされています。同書では、「トマト・大規模ガラス室栽培の労働・作業」として、八代市郡築地区干拓地での大規模施設園芸経営の詳細な調査内容を報告しています。同地区の干拓地は江戸時代から造成され800haの広大な面積で水田利用と裏作でのイ草栽培などが行われ、昭和期には施設園芸が盛んに行われてきました。

また同書では、ガラス温室(33.8a×4棟、合計1.35ha)でトマト抑制栽培を行う事例について、1975年~1977年にかけての調査内容を挙げています。労働力は基本労働力2人(経営主と父)、補助労働力10人(妻の他雇用9人)で育苗から収穫出荷までを行っています。労働・作業を中心とした調査で、基本労働力による熟練を要する作業(育苗、潅水、初期成育での株を揃える管理、作業全体の計画など)と、補助労働力による組作業での群管理などの分類を行っています。

昭和期の大規模技術体系

同書ではガラス室利用による大規模技術体系について以下の整理をしています。

ガラス室導入前から30~40a単位のハウス栽培の経験を延長し、施設単位をそれに準じて設定する。次に、ガラス室設置にあたって、施設構造もそれまでのパイプハウス連棟型と一致させる。ガラス室内の土壌が不整一な場合には、トマト定植後、初期成育が不揃いとなる、そのときは個体管理によって生長を制御し、群管理に移行させる。均質な土壌と群管理への移行が早いほど大規模技術体系化が容易になる。

個人経営の規模拡大における発展段階がここでは述べられています。1単位を30~40aとして、その規模でのパイプハウス連棟型での経営経験を積み、採光性の高いガラス温室での規模拡大に移行する際には、従来と同様な施設構造とするとあります。これは管理作業や作業動線などを同じくして、スムースな移行を目指すものと思われます。また土壌条件による初期成育の不揃いについては、個体の管理で均一化を図り、群管理に移行とあります。これは一斉の集団作業による作業効率向上を目指すもので、早ければ早いほど良いということです。

(中略)基本労働力がガラス室内において作業指示者となり、施設管理、土壌水分管理を通じて、生育過程全体を掌握する。次に、作業分担関係を明確にするとともに、作業内容別に複雑手作業と単純手作業を交互に繰り返し、熟練者と一般の作業者を配置する。熟練を要する複雑手作業には、育苗管理、潅水、追肥、摘心、摘果等があり、生長段階を規定する重要な部分技術になる。また、これらが部分技術の序列性からみても、上位に位置付けられ、その担い手(熟練者、基本労働力)によって厳守されなければならない。

ここでは、基本労働力と補助労働力の分担関係を明示しており、さらに熟練者による重要作業を上位に位置付けて、トマトの生長を規定するものとして重視しています。現代では購入苗利用による育苗作業の外部化や、自動潅水施肥装置の導入が普及しているため、こうした重要作業は減ってはいますが、作物の生育状況の確認と調整、作業体系全体の管理や計画化については農場管理者の重要な作業となっています。

昭和期から平成期、令和期の大規模施設園芸の流れ

同書には、実際の作業管理のための作業内容と分担のマトリクスなども整理されており、精緻な大規模経営での管理がされていたことが伺えます。冒頭で紹介した平成期のオランダ型の大規模施設では大型の1施設で環境調節を安定させ、空間を活用し太陽光を有効活用する栽培が行われ、同書の栽培体系とは大きな差がみられます。しかし最初から1施設での大規模経営を行う際には、作業速度や作業品質を一定レベルに高めるために時間を要し、そのための教育や管理体制が必要になります。同書の事例は発展段階として大規模化を捉えており、平成期の大規模経営とは様相が異なっています。

令和期の施設園芸経営でも大規模化の流れは進むと考えられ、作業効率や生産効率の高い大規模施設の利用も同様に進むことでしょう。しかし大規模化に伴う教育や管理体制整備といった諸問題は、依然として特に立上期には見られます。一方で企業参入とは異なる個人の施設園芸経営者が規模拡大する際のアプローチとして、同書にあるような大規模技術体系を改めて見直す時期に来ているようにも思います。