政府系金融機関の日本政策金融公庫が発行するAFCフォーラムという農林水産関係の月刊誌があります。無料で配布されているようで、WEBサイトでも閲覧可能です。最新号の2019年8月号のP27より、「シリーズ 変革は人にあり」のコーナーに、徳島県の有限会社竹内園芸の竹内勝氏のインタビュー記事が掲載されています。
竹内園芸とスマート農業、AI
竹内園芸は、野菜の苗、とりわけトマトやキュウリなどの接ぎ木苗を生産する育苗業の大手です。同じ四国の愛媛県にあるベルグアースとともに育苗業界をリードしており、新技術の導入にも非常に熱心な企業として知られています。接ぎ木ロボット、養生装置、閉鎖型苗生産システムなどを業界でいち早く導入しており、今回のAFCフォーラムの記事では副題に「AIを活用した野菜苗生産」とあります。スマート農業ブームでAIの農業利用もかなり広まっていますが、AIと野菜苗生産を結びつけたのは、おそらく竹内園芸が最初なのかもしれません。
接ぎ木苗生産への危機感とAI利用
記事では、本拠地の徳島県の他、苗生産拠点を関東(群馬県)と九州(熊本県)に設け、全国に苗供給をしていること、将来の人手不足を見据え熊本県内にAIを活用した野菜育苗農場を建設中であることが記されています。そこでは、播種、接ぎ木、移植、選別、搬送といった工程にロボットや最先端の自動化施設を導入され、総工費20億円で今年夏より一部稼働とあります。
昨年秋に竹内さんに展示会でお会いした時に、この最先端の農場について話されたことを記事を見て思い出しました。短時間でしたが熱のこもったお話で、どんなすごい農場ができるものか興味を惹かれたのですが、ようやく形になったようです。記事では、竹内園芸の断根育苗という高度な技術を必要とする接ぎ木苗の生産技術について、技術伝承の難しさがあり、さらに人手不足の深刻さから苗の安定供給が難しくなることから、AIを活用した野菜苗生産に挑戦することにした、とあります。
実は、日本の施設園芸と野菜生産を下支えしているのは、ベルグアースや竹内園芸といった大手の育苗業や、全国にある中小の育苗業、またJAが運営する育苗センターといった事業者なのです。苗半作と言われるように、良い苗はその後の作物の生育や収穫に大きな影響を及ぼします。一方で、農家が自分で苗を育てていたものが、省力化や外部委託の流れが進み、多くは育苗業や育苗センターから購入するようになっています。それら事業者から良い苗を手に入れることができなければ、施設園芸や野菜生産を継続することが難しいのが現状です。しかし育苗業界も人手不足の影響を受けており、農家からの苗の注文に応えることが将来的にも安定的に行えるのか、年々難しくなって来ていると言えるでしょう。そうした状況の解決策として竹内園芸はAIに着目した訳です。
接ぎ木苗生産におけるAI活用のポイント
2年前の日経産業新聞(2017年4月19日付)の囲み記事にも、「苗の成長具合 AIで判断 竹内園芸、選別システム開発 カメラで撮影、瞬時に」とあり、その時から開発を進めてきたことがわかります。同記事では苗の選別システムについて以下のような紹介をしています。
接ぎ木前の苗の選別は作業員が目視で行い、奇形苗などを取り除いたうえで、成長の具合が似たものどうしを接ぐ必要がある。また出荷前検品を含め延700万回のチェックが行われる。苗の自動選別システムの開発を進め、カメラ画像から苗の成長の程度や奇形などを瞬時に判別し自動選別を行うよう、トマト苗から着手をしている。
AIを用い、大量の苗画像データより奇形や成長の程度を判断するための基準を学習させる。苗の形状は複雑であり、画像撮影方法や学習方法には工夫が必要である。それらについての知識が豊富な苗生産業者の強みが生かせる分野である。
システムの開発により生産量の倍増も可能である。
冒頭にあるように、「接ぎ木前の苗の選別」という工程が接ぎ木苗生産にはあります。穂木と台木という二種類の苗を接ぐ作業では、それらがちゃんとくっつくこと(活着という)が大切で、「成長の具合が似たものどうし」を接ぐ必要があります。その「似たものどうし」の判別、判断に経験が必要で、また手間もかかり、生産のボトルネックとなっていると言えるでしょう。この判別作業を自動化するためのAI利用であるということです。
技術的な詳細は記事からは分かりませんが、熟練の技を画像認識技術や機械学習技術を用いて再現し、接ぎ木苗の活着率を安定化しつつ作業効率向上や省力化をはかるものと推察されます。農業、施設園芸分野でのインパクトのあるAIの実用技術として良いモデルとなることを期待したいと思います。