都市近郊農業の経営戦略と品目展開

千葉大学園芸学部蔬菜園芸学研究室が主催する勉強会の土葉会が先日開催されました。野菜関係の研究普及成果や実際の経営の情報などを千葉大学や関東近郊の関係者が報告する会で、今回で第329回例会となる長寿の勉強会です。今回はシンポジウムとして「都市近郊農業の経営戦略と品目展開」として、貴重な講演を聞くことができました。

 

これからの施設園芸・植物工場野菜の流通販売戦略

基調講演では、オイシックス・ラ・大地(株)の阪下利久さんより、検索ワードから見た消費者の関心事項について、10年単位でのトレンドについてお話がありました。ネットスーパー事業を行う同社では、ネットを通じたマーケット動向の把握を進めており、そのためにGoogleの機能を使って、野菜を中心とした流通、品目、トピックなどの検索ワードを網羅的に調査をされています。そしてトレンドの中から上昇ワードをつかみ、食のシーンと組み合わせて品目や販売方法を検討することを提案されました。

健康志向、ダイエット志向、時短思考が顕著で、野菜そのものへの関心も高く特にホウレンソウが高いこと、販売チャンネルではデパートやスーパーは停滞し、かわりにコンビニ、外食、直売所がトレンドになっていること、フードチェーンではコンビニ、外食、スーパーのトップ企業がやはり上位で、続く2番手グループもあり、同クラスどうしでの協業の紹介もありました。また下位のものであってもニッチでの勝負を仕掛け独占的にシェアを高めた品目の例も紹介されました。そしてモノからコトへの転換が進み、メニュー提案から食材キットへ具体化が進み、売れ筋商品となっているとのことでした。

都市農業との関係では、物流費の高騰から出荷ロットが小口化している産地での負担が増し、遠隔地であってもロットが大きければ大型車での配送が容易なため都市近郊よりも負担が少ないという状況であること、プロモーションの手段にSNSの活用は必須で、野菜中心より調理されたものや店舗のイメージなどを頻繁に発信し、特にInstagramでの画像が手軽で有効であること、直売所の画像を直売所らしくない形で発信して興味を持ってもらうことの事例が紹介されました。また直売所よりも簡単に商品を消費者と直接販売可能なメルカリを通じた事例も紹介され、誰もがプロモーションの主役になれ、それがビジネスになる時代になっていることが実感されました。

 

ダイコンの代替品目導入による経営安定

神奈川県農業技術センター三浦半島地区事務所普及指導課課長の池田豊さんから、普及の立場から三浦半島の主力品目であるダイコンの代替品目の導入に当たってのプロセスの紹介がありました。

三浦半島ではダイコンとキャベツが長年中心品目でしたが、ダイコンの価格変動が大きく、二年連続が価格低迷があった年に年内収穫のダイコンの一部を他品目に転換し、経営の安定化をはかるプロジェクトをスタートされました。スタートに当たっては、地元JAと農業技術センターの試験担当および普及担当が参加し、生産現場と連携して3年間で成果を出すよう、プロジェクトチームを組まれました。プロジェクトチームと言っても実際は担当者による定期的な進捗報告や情報交換の場を組んだとのことで、現場の情報を正確、遅滞なく伝える機動的な仕組みを作られたということのようです。

実際のプロジェクトの活動は、試験担当による品種選定や栽培技術確立、普及担当による実証展示圃場の設定とJA青年クラブの活動による実証作業を同時進行して行ったとのことで、プロジェクト進行としては手慣れたものを感じました。さらに生産者には農作業日誌の記帳を義務付けて、作業内容と労働時間、経費の記録を行って作業性と経済性評価も十分に行えるようにされました。

1年目はコカブ、玉レタス、ブロッコリーを選定し実証栽培を行い、2年目からは作成した栽培マニュアルをもとに講習会や個別巡回、JA共販での市販などを行いながらの課題の抽出も進め、玉レタスからリーフレタスへのシフト、栽植密度の調整や夏の遮光栽培などの改善をされました。そして3年目には、軽労化と収益性向上、経営の安定化といった成果も見られたものの、導入を見送った生産者からの聞きとりから「重量野菜を扱うことの満足感(軽量野菜では不満足?)」があるということが分かったとのことで、新たな品目も検討されるようになりました。

三浦氏の露地野菜生産者は意欲的な若手の方が多く、経営者としての能力も高いと評判とのことで、普及指導や試験研究側とのやりとりもスムースにされたと想像します。都市農業というよりも神奈川県に残された露地野菜の大産地の生き残り策として、関係機関が一体になった取り組みの事例でしたが、目的や目標を明確にし、期限を設定してのプロジェクト管理の手法が農業分野でも十分に取り組まれていることに大変心強く感じました。

 

地域と農家を繋げるブランディング

(一社)野菜がつくる未来のカタチ(チバベジ)代表理事の安藤共人さんより、台風15号で被害を受けた千葉県の野菜生産者の支援活動の紹介がありました。安藤さんは、金融機関に勤務されたのち、様々な事業の立ち上げにかかわられ、今回の千葉県の台風被害に対してキズがあり廃棄される野菜の活用、商品化を行い、生産者の支援活動を開始されました。現在進行形のお話です。

その場所として、3年前に新しく建て替えられたJR千葉駅のショッピングビルであるペリエ千葉の中の「チバコトラボ」というスペースを活用する計画とのことです。このスペースは私も毎日のように見ている場所で、入れ替わりでイベントが行われています。駅ビルという大変良い立地条件にありますが、イベント自体は印象のあるものが無かったようで、大家さんであるJR東日本側も何か地元にアピールできるものをと考え、チバベジの実現へと話が進んだようです。

チバベジではクラウドファンディングを行いながら、ピクルスの製造とブランディングを進め、廃棄される野菜の活用と生産者への支援も一体的に行う計画とのことでしたが、連続して発生した千葉県内の台風被害によって野菜の調達にも支障が生じているとのことでした。しかしJR千葉駅という立地での拠点づくりに進めば(近いうちのようです)、その場所を通じた人と人との交流やコミュニティー作りも進んで行き、次の展開につながって行く見通しを安藤さんは立てられていました。販売面に関しては自身を持たれていましたが、野菜の調達には苦労をされているようで、他の講師や会場からは、生産者にアプローチする中で、その伝手を辿って行けばいずれ適した生産者に当たるはず、という助言も聞かれました。すでに土葉会を通じた小さなコミュニティーも形成されたように感じたところでした。

 

ASIAGAPを取得した千葉県富里市と東京都小平市の生産者

もう2題、千葉県富里市で2haのコマツナ専作で外国人技能実習生を10名雇用して契約販売を中心に経営を行う斉藤農場さん(報告は千葉県印旛農業事務所の宮元昇さん)と、東京都小平市で350年15代続くにごりや農園で東京うどの他数十品目の野菜の生産直売やジャム等の加工を行う小野幹雄さんから報告がありました。

まったく対照的な経営でしたが、共通項としてASIAGAPの取得がありました。斉藤農場では、経営者の斉藤さんがコスト意識が高く、また現場や経営改善のためGAPに取組み、取得を目的とせず経営効率を高めるよう日常業務に活かし、また宮元さんが紹介された農場の画像では隅々まで整理整頓された様子も伺え、近代的な農場経営の見本のようでした。また取引先からも信頼を得ているという効果もみられました。一方で若い小野さんは園主の父親の栽培や経営について伝承をするため見える化をする必要があり、GAPに取組まれたとのことで、直売中心の販売には直接の効果はないものの、父親の頭の中にあったものを明らかにすることに効果があったとのことです。こちらも近代的な経営の見本と言えると思いますが、小平市という都市部の中での農業で実践されたことに新しさを感じたとことです。

 

モノからコトへの転換

先月末に東京都練馬区で、世界都市農業サミットが開催され、練馬、ニューヨーク、ロンドン、ソウル、ジャカルタでの都市農業の実践例や支援例の報告があり、私も参加してまいりました(こちらのブログを参照)。そこでは地域との交流、地元野菜の地元レストランとのコラボ、防災対策、食育、貧困層への食糧提供、給食食材の提供など、農業生産販売の枠組だけでは収まらない事例が数多く報告されていました。今回の土葉会での報告も、様々な活動や体験に係わるものばかりであり、野菜を媒介としたコミュニケーションが都市農業や都市周辺の農業では活発に行われていることが伺えました。経済的価値だけではないモノからコトへの転換が付加価値を生んでいくことが、このシンポジウムでは改めて明らかになったようです。

今年度の土葉会の幹事長をつとめてまいりましたが、事務局の千葉大学大学院園芸学研究科准教授の浄閑正史先生や教授の丸尾達先生、ならびに幹事や登壇者の皆様には大変お世話になりました。この場で御礼を申し上げます。