農林水産省は5月12日に「みどりの食料システム戦略について 〜食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現〜」を策定し、公表しました。
同戦略については昨年10月に野上農林水産大臣が初めて発表し、本年3月に中間とりまとめが公表され、意見交換会やパブリックコメントなども行われ、このたびの策定に至っています。半年強と比較的短期間でとりまとめられた長期戦略となります。
副題にあるように、生産力向上と持続性の両立が掲げられ、それらのイノベーションによる実現を目指す戦略として受けとることができます。
みどりの食料システム戦略とは
農林水産省の「みどりの食料システム戦略トップページ」には、同戦略についての概要説明がされています。まず背景として以下の記述があります。
我が国の食料・農林水産業は、大規模自然災害・地球温暖化、生産者の減少等の生産基盤の脆弱化・地域コミュニティの衰退、新型コロナを契機とした生産・消費の変化などの政策課題に直面しており、将来にわたって食料の安定供給を図るためには、災害や温暖化に強く、生産者の減少やポストコロナも見据えた農林水産行政を推進していく必要があります。
災害対策、温暖化対策、農業生産者減少対策、ポストコロナ対応の4つの視点が織り込まれた行政施策と言えます。つづいて、
このような中、健康な食生活や持続的な生産・消費の活発化やESG投資市場の拡大に加え、諸外国でも環境や健康に関する戦略を策定するなどの動きが見られます。
とあります。国内環境として、健康な食生活への要求、持続的生産・消費の活発化、ESG投資市場の拡大の3点が示されています。「持続的生産・消費」とあるように、生産側だけでなく消費側の持続性にも言及している点が特徴的です。またESG投資にも触れており、農業分野が投資対象としても注目されていることが伺えます。
今後、このようなSDGsや環境を重視する国内外の動きが加速していくと見込まれる中、我が国の食料・農林水産業においてもこれらに的確に対応し、持続可能な食料システムを構築することが急務となっています。
SDGsや国内外の動きとしては、EUのFarm to Fork戦略、米国の農業イノベーションアジェンダが資料紹介されています。持続可能な食料システム構築において、欧米の動向に乗り遅れまいという意思があると思われます。
みどりの食料システム戦略での数値目標
同戦略の特徴として、2030年~2050年にかけての長期の数値目標が掲げられていることがあります。下図の赤枠(筆者追記)に2050年までに同戦略の目指す姿が示されています。そこには具体的な数値目標も掲げられています。
農林水産省「みどりの食料システム戦略(参考資料)」より
これらを抜粋すると下記になります。
- 農林水産業のCO2ゼロエミッション化の実現
- 低リスク農薬への転換、総合的病害虫管理体系の確立・普及に加え、ネオニコチノイド系を含む従来の殺虫剤に代わる新規農薬等の開発により化学農薬の使用量(リスク換算)を50%低減
- 輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用量を30%低減
- 耕地面積に占める有機農業の取組面積の割合を25%(100万ha)に拡大
- 2030年までに食品製造業の労働生産性を最低3割向上
- 2030年までに食品企業における持続可能性に配慮した輸入原材料の調達の実現を目指す
- エリートツリー等を林業用苗木の9割以上に拡大
- ニホンウナギ、クロマグロ等の養殖において人工種苗比率100%実現
施設園芸分野に関係する目標は、これらのうち1.~3.と言えます。
施設園芸分野での目標と技術開発、環境・体制整備
さらに、「みどりの食料システム戦略が2050年までに目指す姿と取組方向」として、下図も示されています(赤枠は筆者追記)。
農林水産省「みどりの食料システム戦略(参考資料)」より
ここでは園芸施設について「2050年までに化石燃料を使用しない施設への完全移行を目指す。」とあります。すなわち施設園芸分野における数値目標として「化石燃料を使用しない施設への100%移行を目指す」ことが掲げられています。
また、同じ目標が、下記の「地球温暖化対策(ゼロエミッション化)」にも掲げられています(赤枠は筆者追記)。
農林水産省「みどりの食料システム戦略(参考資料)」より
さらに目標達成に向けた技術開発として以下のことが示されています。
- 高速加温型ヒートポンプ
- 自然冷熱や産業排熱等の超高効率な蓄熱・移送技術
- バイオマスを活用した加温装置や蓄熱装置の精密な放熱制御技術
- 透過性が高く温室に活用できる太陽光発電システム
- 耐久性の高い生分解性フィルム(マルチに加え、施設で使用可)
とあります。1.~3.は、化石燃料の代替エネルギー源として電力(ヒートポンプ向け)や自然冷熱、産業排熱、バイオマスを活用することを掲げています。
1.の高速加温型ヒートポンプの定義が不明ですが、燃油式温風暖房機に比べヒートポンプの温風は温度が低く加温もマイルドであることから、高温の温風を出力とするヒートポンプをイメージしているのかもしれません。これは筆者の想像ですので確認が必要と考えます。
2.の自然冷熱や産業排熱等は、地熱や温泉熱、工場排熱、焼却場排熱や廃CO2ガスなどの利用がイメージされます。また、超高効率な蓄熱・移送技術は、それら熱源を蓄熱し園芸施設まで移送するトランスヒートコンテナの効率向上がイメージされます。パイプラインを使ったオンラインの熱移送ではなく、蓄熱体によるオフラインの熱移送を想定しているようです。
3.のバイオマスは、地域資源である木質チップや木質ペレット等の熱源利用が中心と思われます。また加温装置や蓄熱装置の精密な放熱制御技術は、ベース熱源として利用され細かな加温管理には不向きとみられたバイオマス熱源について、いったん蓄熱し放熱制御することで緻密な温度管理にも利用することがイメージされます。
なお、4.の太陽光発電システムは、ハウス屋根面や妻面などに展張可能なフレキシブルで半透過型のフィルム状太陽電池の利用がイメージされます。筆者はこの分野のエキスパートである島根大学の谷野章教授との共同研究の経験があり、今後の展開について期待を持っております。
目標達成に向けた環境・体制整備には、補助事業について「最終的には化石燃料を使用する施設を対象外にするなどして誘導」とあり、また「最終的には農業用A重油の免税・還付措置の廃止」と、強い文言が並んでいます。
2050年を最終年度と考えると残り約29年とかなり先のこととなりますが、このような高い目標を課した技術開発や普及導入を進めるには、従来技術の改良だけでは不可能であり、戦略の副題にあるイノベーションが必須と考えられます。イノベーションは異分野の融合から生まれるとされています。施設園芸業界の関係者は同戦略であげられた技術開発についても認識を新たにし、その可能性や難易度および妥当性や代替案についても検討をする必要があるでしょう。またそれらの実現ついては、広範な領域との関係構築や協業を進める必要があると考えられます。