農業分野でのDX
DX(Digital Transformation):デジタルトランスフォーメーションという用語を耳にするようになりました。単なるIT化ではなく、事業内容の変革や対象拡大、価値創造を伴う業務のデジタル化や社会生活の向上という意味で一般的に使われているようです。農林水産省では、「農業のデジタルトランスフォーメーション(DX)について」という資料を公開しており、方向性や具体的な取り組み例を示しています。そこには「農業分野でのデジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性」として、以下の記述があります。
農業従事者の高齢化や労働力不足等の課題に対応しながら、農業を成長産業化を進めるに必要な、発展著しいデジタル技術(ロボット・AI・IoTなど)の活用を強力に進め、データ駆動型の農業経営を実現し、消費者ニーズに的確に応えるために価値を提供していくことが不可欠。その際、従来の営農体系に単にデジタル技術を導入するのではなく(デジタル化)、デジタル技術を前提とした新たな農業への変革(デジタルトランスフォーメーション(DX))を実現することが重要。
『従来の営農体系に単にデジタル技術を導入するのではなく、デジタル技術を前提とした新たな農業への変革の実現』という点がポイントになると思われます。技術面だけでなく『新たな農業への変革』が問われる訳ですので、やはり価値創造が必要な分野かもしれません。その点については、「デジタルトランスフォーメーション(DX)により実現する農業の未来」として、以下の記述もあります。
農業に携わる様々な主体(農業経営体、メーカー・ベンダー、流通・小売業者、消費者、行政等)がデジタル技術を活用し、自律分散的にデータをやり取り。各主体が必要な情報を組み合わせ、分析・予測・検証というプロセスを繰り返すことで新たな価値を創造。
新たな価値創造のプロセスとして、『農業に携わる様々な主体がデータを自律分散的にやり取りし、必要な情報を組み合わせ、分析・予測・検証を繰り返すこと』が取り上げられています。このことが農業分野でのDXのポイントになると筆者は考えています。農業に関わるデータは様々な形で様々な形態で分散しています。それらを分野を越えて組み合わせることで、相関関係や因果関係を見出すことも出来るはずで、AIを駆使して新たな知見も得られることでしょう。また生産側だけではなく、消費や実需側とも連携することで価値創造がされる可能性も高まるものでしょう。
しかし、そうしたDXの実現にはお手本も少なく、様々なステークホルダーとも手を携えて、実態に合ったプロジェクトを立案し実行する必要があると思います。モデル無き分野とも言えそうで、逆に言えばトライアンドエラーをしながら『いち早く取り組んだ者勝ち』の面もあるかもしれません。
アメリカの大麻営利栽培とDX
話はまったく変わりますが、アメリカでは州により大麻栽培が合法化され、植物工場などでの大麻営利栽培もおこなわれています。医療用としてではなく嗜好品として製品化もされていますが、様々な規制の元での生産と販売が行われているようです。
それに関し、大麻栽培企業向けのITサービスの記事として、TechCrunch JapanのWebサイトに「大麻栽培者の規制上のデータ入力をRFIDスキャナーとBluetooth対応の測量器で容易にすることを目指すCanix」がありましたので、ご紹介します。記事によると、米国の大麻栽培では『生産者は、植物が施設内を移動するたびに書類を提出するなど、厳格な監視体制を守らなければならない。』とあり、厳しい規制が敷かれていることを伺わせます。そのためCanix社は、規制に対応したデータ入力やレポート出力を省力化し、合わせて会社の会計システムや規制のプラットフォームとも連携したサービスを提供しているとのことです。その他に収穫期間の予測、請求書の発行などの機能もあり、1000以上の栽培施設に導入、250万の植物の追跡を行うとあり、この業界でのかなりのシェアを得ていることも伺わせます。
記事には、『生産者は一般的に、作物の追跡と予測を行うためにERPプラットフォームに頼っている』とあります。Canix社のサービスは、それらERPプラットフォームを機能アップしたものと言えそうです。こでのERPとは、Enterprise Resource Planning(企業資源計画)のことで、システム用語として企業の基幹業務システムなどと呼ばれるものです。ERPは企業の各部門などに分散された情報システムを統合化して、企業資源であるヒトモノカネを効率的に配分する機能を持つものと言えるでしょう。大麻営利栽培の経営では、作物であり商品である大麻、栽培管理や出荷管理などを行う従業員、資金の調達や配分などを統合的に管理するため、ERPの導入が進んでいると言えそうです。
大麻営利栽培ということで特殊ケースに思えますが、アメリカの一般的な農業経営でもERPの導入が進んでいるのかもしれません(筆者は未確認です)。
話をDXに戻しますが、農場での栽培情報だけでなく、会計や販売管理、規制に対する対応なども対象とし、総合的に業務を効率化するためにERPが使われていると考えられ、DXの農場版と言えるかもしれません。それは単なる効率化だけでなく、収量予測といった精度を要する業務へも適用されており、販売先への付加価値(いつ、どんな品質の大麻が、どのくらい、いくらで提供されるか?といった販売情報など)を生んでいるものとも言えそうです。
農業でのDXの実現と言われても、漠然としたイメージしか浮かばないことも多いと思います。このCanix社のシステムのように農場内におけるERPの導入と、それとのステークホルダーとの連携、連動をイメージすると、少しは具体化が進むのではないでしょうか。
施設園芸でのDXとは?
本題となりますが、施設園芸でのDXの実現には、まずイメージ合わせが必要と思われます。大麻営利栽培でのERPを一つのモデルとして、栽培情報の他、販売情報、在庫情報、出荷情報、会計情報などを統合化し、販売先や資材調達先などとも連携してデータのやりとりと分析・活用を進め、価値創造をするイメージが考えられるかと思います。
これらの情報についてのIT活用は、従来は個別のシステムで単独で行っていたものが多いと思われます。例えば環境モニタリング、環境制御、潅水管理などの農場内のハード、ソフトがあって、最近ではクラウド化され遠隔監視や操作も容易になっていますが、他のシステムとの連携例は限られたものです。
現場での植物の生育情報もカメラ入力などが使われるようになっており、クラウドへのアップロードも可能になっていますが、前述の環境データ等との連動はまだこれからという段階でしょう。在庫や出荷データについては最近は研究機関による収量予測のモデル化なども進んでいますが、生産現場への導入はこれからと言えるでしょう。
一方で出荷先での需要予測、受注データなどと生産側のデータの連携もこれからの分野でしょう。スーパーなどからの注文自体はPOSデータにより自動的に送信される時代となっていますが、そのデータを活用しての生産や販売の計画策定となること、これもこれからの分野と言えそうです。
簡単ですが、アメリカの大麻営利栽培でのITサービスをもとに、日本の施設園芸でのDXについてイメージを少し考えてみました。こうした議論もされることは少なかったと思いますので、DXと言わずとも、施設園芸経営全体でのICT化にご興味のある方々との意見交換など、筆者は進めてまいりたいと考えております。
最後に、週刊東洋経済 2020.10.31号 に新連載の「リーダーのためのDX超入門」では、『シリコンバレーの最先端企業の人々の間でDXという言葉が話題になることはない。そもそも企業の競争優位性の源泉がテクノロジーであると十分理解しているからだ。』と著者の山本康正氏は述べています。DXという言葉に惑わされず、業務におけるテクノロジー導入と価値創造について常に考えるべき、ということなのでしょう。