植物工場の定義に、高度環境制御技術という用語が出てまいります。以前は複合環境制御という用語が一般的に使われ、最近では統合環境制御や総合環境制御という用語も使われています。字面からも微妙に意味が違うように思えます。時代をさかのぼってみたいと思います。
制御盤から複合環境制御盤へ
温室内の環境制御機器は、暖房機、カーテン装置、天窓や側窓などの換気装置、循環扇や換気扇、CO2発生装置、細霧冷房装置など多岐にわたります。おのおのの機器の動作は、専用のコントローラやサーモスタット装置で行われていました。単純なオンオフ設定からタイマー設定、センサーの信号にもとづく目標値の設定など、次第に制御内容が強化されてきました。しかし、装置の数だけ制御盤や制御装置が必要となり、それだけでもスペースをかなり取ることになります。また操作や設定の作業も煩雑になります。
複合環境制御装置は、上記の各制御盤や制御装置の機能を一体化したものと言えます。複合環境制御装置にはインプットに当たるセンサーからの信号が送られ、内部で演算や判断を行い、アウトプットに当たる各制御機器の動作をコントロールします。その際に複数の機器を制御することから、複合環境制御装置と呼ばれるようになりました。
複合環境制御装置は、昭和から平成にかけての製品であり、昭和には複数の専業メーカーが製品開発や販売を行っていました。しかし市場もさほど広がりをみせず、多くのメーカーは廃業や撤退をし、生き残ったのはごく一部でした。
生き残ったメーカーの製品の機能をみますと、単に複数の機器の動作を制御しているだけでなく、例えば日射量と温度、タイマーと温度など、複数の要因から判断を行うアルゴリズムを搭載しており、ある程度の複雑な制御を行うことができるものでした。また動作自体も、天窓であれば少しづつ開閉して急激な外気の侵入を防ぐような工夫もあり、カーテンであれば同様に少しだけ隙間を開けて少量の換気を促すような機能もありました。機器操作の自動化の段階から、温室内の環境(温度や湿度)を適正に保つ、安定化する方向に向かっていたと思います。価格は数十万円から百万円程度でした。
オランダの統合環境制御装置の登場
平成の中期になると大規模施設園芸が徐々に国内に建設されるようになりました。そこでは大面積での制御点数が増加し、国産の従来型の複合環境制御装置では手に余る状況となっていました。必然的に、すでに大規模施設園芸が普及していたオランダの製品が使われるようになり、大規模施設園芸とセットで語られる時代が到来しました。Privaが、その代表例です。
Privaのような統合環境制御装置の特徴は、センサーの入力点数と制御用の出力点数が多く大面積の施設に対応していたことです。また、温湯配管による暖房や、潅水装置、液肥混入機、培養液殺菌装置などの大規模で複雑な系統にも対応したものでした。さらに内部の制御アルゴリズムも様々な設定や補正機能を持ち、設定項目が何百もあるという複雑なものでした。これは現在も変わっていません。導入し使いこなすためには、メーカーやコンサルタントの支援を受ける必要もありました。システムの価格も1000万円台となるものでした。
国産の統合環境制御装置の登場
平成時代の後期になると、オランダの製品ほどの大規模施設や温湯配管、養液栽培の系統までは対応をしていないものの、ある程度の面積と複雑なアルゴリズム、PCや携帯端末との接続機能やデータ閲覧機能などを持った国産のシステムが登場しました。これらも統合環境制御装置と呼ばれており、価格は数百万円台のものが多いようです。環境の見える化が言われ始め、また様々な環境制御のテクニックが導入されるようになって、それらに対応した制御装置が求められるようになったものと思われます。メーカー数も多く、施設園芸の製品の中では激戦であると思います。
高度環境制御技術への移行と課題
複合環境制御装置や統合環境制御装置は、ハードウエアの名称です。それに対し高度環境制御技術はソフトウエアの世界になると思います。植物工場の定義の中に、「植物工場は、施設内で植物の生育環境(光、温度、湿度、二酸化炭素濃度、養分、水分など)を制御して栽培を行う施設園芸のうち、環境及び生育のモニタリングを基礎として、高度な環境制御と生育予測を行うことにより、野菜などの植物の周年・計画生産が可能な栽培施設である。」とあり、施設内の環境だけでなく、植物の生育のモニタリングや予測に関与するものとなります。これは、すべてを自動化できるものではなく、モニタリングした結果を人間がある程度判断してから機械に命令(設定値の変更)して実現する形が多いと思います。
判断やアルゴリズムが複雑化、高度化することで、人間の関わる余地が増えているのは、あまり好ましい状況ではないかもしれません。実際に一日中、統合環境制御装置のモニターの前で仕事をしているケースもあるようです。
もう一つの問題として、国産の統合環境制御装置は、潅水や施肥の制御には対応していないものが多く、別系統の制御装置が必要になります。日射量やハウス内環境の変化に応じ、植物の蒸散量や必要とされる給液量にも変化が生じ、適切な潅水量や頻度も変わってきます。本来の統合環境制御装置はハウス内環境と潅水や施肥を一体的に制御するものと思いますが、国産装置の多くはそうはなっていません。おそらく環境制御は環境制御、潅水施肥は潅水施肥と別々の対応が取られてきた結果かと思われます。高度環境制御技術と言っても、現実的には改善の余地があると思われます。